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広島高等裁判所松江支部 平成2年(ラ)1号 決定

抗告人 笠原俊吉

相手方 大江はるみ

主文

原審判を取り消す。

本件申立を却下する。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は別紙即時抗告申立書記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  本件記録並びに鳥取地方裁判所倉吉支部昭和60年(タ)第11号事件記録によると、以下の事実が認められる。

(一)  抗告人と相手方は昭和51年3月30日に婚姻した夫婦であつたが、抗告人(夫)の不貞を理由に、相手方(妻)は昭和60年2月13日に家を出て別居した。

(二)  相手方は、昭和60年11月30日鳥取地方裁判所倉吉支部に抗告人との離婚を求めて提訴し、慰謝料600万円を請求するとともに、附帯請求として婚姻中に形成した財産である自宅の土地(原審判添附物件目録1記載のもので抗告人の単独所有名義、以下「1土地」という。)と、建物(同2記載のもので抗告人と相手方の持分各2分の1、以下右建物を「2建物」という。)の持分2分の1の財産分与を求めた(以下「前訴」という。)。

(三)  ところが、前訴が前記裁判所支部に係属中の昭和61年2月頃、自宅敷地の一部に○○町所有の原審判添附物件目録3記載の土地(以下「本件土地」という。)が含まれ、かつ、2建物の一部が同土地に掛かることが抗告人に判明したため、抗告人は同年2月15日○○町から本件土地を19万8000円で買い取り、同月17日右所有権移転登記を経由した。

(四)  前訴の口頭弁論期日は、昭和61年1月14日に第1回が、同年4月15日に第2回が開かれたが、抗告人はこの頃までに相手方に対し、自宅を立ち退くわけには行かないので、抗告人が○○町から本件土地を買い取る方向で検討していること、その後本件土地を買い取つて移転登記を経由したことを明らかにし、同時に、抗告人が本件土地を取得したことは前訴受訴裁判所にも判明した。

(五)  このため、前訴受訴裁判所は、昭和61年5月12日の第3回口頭弁論期日に和解を勧告し、「(1)抗告人と相手方の離婚、(2)抗告人が相手方に1土地と、2建物(ただし、持分2分の1)を譲渡する」さらに、「(8)抗告人が1土地に接続して買い受けた本件土地は、抗告人の買受価格とほぼ同額の20万円で相手方が買い受ける。」等の和解案が提示された。

(六)  昭和61年5月26日に開かれた前訴第4回口頭弁論期日(兼和解期日)において、相手方は同月17日に予め交付を受けた本件土地の登記簿謄本を証拠(甲第4号証)として提出し、受訴裁判所の前記和解案についてはこれを受け入れる意向を表明したが、抗告人がこれを拒絶したため、和解は打ち切られた。

(七)  その後、相手方は、財産分与に係る前記申立を変更することなく、同年12月9日の第6回口頭弁論期日に弁論が終結され、昭和62年1月27日前訴判決が言い渡されたが、右判決は同年2月13日確定した。

(八)  前訴判決は、相手方と抗告人の離婚を認容するとともに、抗告人が相手方に対し、財産分与として1土地と、2建物の持分の2分の1を分与する旨命じたが、本件土地については分与せず、また相手方の慰謝料請求をも棄却したものである。

2  そこで、右認定事実に基づき相手方の本件3土地の財産分与請求につき検討する。

思うに、財産分与請求事件は、元来、審判事項(非訟事件)として家庭裁判所の専権事項に属する(家事審判法9条1項乙類5号参照)のであるが、人事訴訟手続法15条1項において離婚の訴えに附帯して訴訟裁判所で審理、判断することが許容されているのは、手続の経済と当事者の便宜とを考慮した結果であり(最高裁判所昭和41年7月15日判決・民集20巻6号1197頁参照)、かくして財産分与に関する処分が離婚に伴う附帯請求として訴訟裁判所の判決でなされたとしても、これが非訟事件としての本質を失うものではないといわねばならない。したがつて、財産分与に関する処分が家事審判によりなされた場合はもとより、離婚の訴えに附帯して訴訟裁判所によりなされた場合にあつても、同処分についてはいわゆる既判力は存しないと解するのが相当である。

ところで、財産分与を規律する実体法である民法、手続法である家事審判法には、財産分与の処分についていわゆる事情変更等により裁判所がなした審判、判決の取り消し、変更をなしうることを定めた規定は存しないのであるが、右審判、判決が確定後に該処分の審理中に現われなかつた新たな財産が判明するなど右裁判時に基礎とされた事情に錯誤があり、またはその後の事情の変更により当該審判、判決の確定による法的安定(家事審判法7条、非訟事件手続法19条3項参照)を考慮しても、これを維持して当事者を抱束することが著しく信義、衡平に反する場合は、これを取消し、変更することができるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、相手方は、前訴審理中においては本件土地が2建物を維持するに必要不可欠な物件であることを知る由もなかつたから新たに本申立てに及んだものと主張するのであるが、前記認定事実によると、昭和61年5月12日の前訴第3回口頭弁論期日には、本件土地が抗告人の所有に属していたこと、本件土地が本件2建物の維持に必要不可欠な物件であることは、相手方はもちろん前訴受訴裁判所もこれを認識し、その事実認識のうえにたつて前訴受訴裁判所は、1土地、2建物については財産分与として抗告人から相手方に分与することを和解案として提示しながら、本件土地についてはその位置関係から2建物の維持に不可欠と考え、これを前訴訴訟手続の中で解決するのが相当とし、相手方が抗告人から買い受ける旨の和解案を提示した経過が明らかである。そうすると、前訴判決は、前訴口頭弁論終結時までに本件土地が抗告人の所有に属することのみならず、2建物の維持に必要不可欠であることも十分審理し、これをも織り込んだうえ「一切の事情」を考慮し、本件土地については財産分与を命じなかつたものというのが相当である。

また、相手方は、前訴においては相手方の失念により本件土地の財産分与を申立てなかつたため、前訴裁判所も本件土地につき財産分与を命じなかつたにすぎないもののごとく主張するのであるが、前叙のとおり離婚の訴えに附帯して申立てられた財産分与の処分の非訟事件性を考慮すれば、同事件については訴訟事件における請求の趣旨のように、分与を求める額及び方法を特定して申立てをすることを要するものではなく、単に抽象的に財産の分与の申立てをすればたりる(前掲最高裁判所判決参照)ものであるから、前訴判決が、これと異なる解釈の下に、本件土地につき財産分与を相当としながらこれを命じなかつたものとは考え難い。

そうすると、前訴判決中の財産分与に関する処分についてこれを取消し、変更する事由は見いだし難く、前訴判決中の財産分与の判断に取消し、変更事由が存することを前提とする相手方の本件財産分与の申立ては理由がない(なお、本件記録によれば、抗告人は相手方に対し、本件土地が抗告人の所有に属することを理由にして、2建物のうち本件土地上に存する部分の収去を請求するに至つていることが認められるが、その当否は別途権利濫用などの民事上の問題となることがあつても、本件の結論を左右するものではない。)。

三  結論

よつて、原審判を取消し、家事審判規則19条により本件財産分与の申立てを却下することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 広岡保 裁判官 渡邉安一 渡邉了造)

別紙

抗告の趣旨

原審判を取消し、本件を鳥取家庭裁判所倉吉支部に差戻す との裁判を求める。

抗告の理由

1 相手方は昭和60年2月23日以降家を出て、抗告人と別居しており、その後相手方は抗告人を被告とし鳥取地方裁判所倉吉支部に離婚等訴訟「昭和60年(タ)第11号」を提訴し、抗告人は敗訴したが、相手方は家を出る当時、不動産は不要なので、離婚等のことは金で解決すると言っていたので、抗告人は約250万円をかけ建物の内装工事等をし、上記離婚訴訟係属中に建物の一部が本件土地にかかっていることが判明したので、抗告人名義にて取得した経緯がある。

相手方が土地、建物の財産分与の請求をすることがわかっていたならば上記のようなことはしない筈である。又、上記理由が相当でないとしても建物は永久に不滅ではなく、本件土地は細長い面積22m2ではあるが、決して独立した利用価値がない訳ではない。

2 よって、抗告の趣旨記載のとおりの裁判を求めるため本申立に及んだ。

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